【2025年総括と2026年展望】飲食店インバウンド集客の成功戦略—動向と最新トレンド—
2025年7月〜9月期のインバウンド市場は、2兆1,310億円(前年同期比11.1%増)と高水準で推移しました。消費構造はモノ消費から「コト消費」へ完全に移行し、飲食費は中核費目(22.9%)となっています。しかし、一人当たり旅行支出は21万9,000円と横ばいで、「単価停滞」という構造的な課題が顕在化。この課題を打破し、持続的な高収益化を実現するには、欧米豪の高支出層を狙った高付加価値な体験と、それを支えるオペレーションの抜本的なDXが急務です。本記事では、2025年の総括と2026年以降の戦略を解説します。
【目次】
2025年インバウンド市場における「食」の重要性
2025年、インバウンド市場は高水準で回復しましたが、「量」の成長に対して「質」(単価)の停滞が課題です。飲食費は消費の中核を占め、体験価値の向上こそが単価上昇の鍵となります。
2025年市場の概況と飲食店の立ち位置
2025年の訪日外国人旅行市場は、コロナ禍からの回復を確固たるものとし、量的な成長においては高水準で推移しました。観光庁の2025年7月〜9月期(1次速報)のデータによると、訪日外国人旅行消費額は2兆1,310億円(前年同期比11.1%増)と推計されており、この規模が定着すれば、通年で9兆円台が視野に入ります*1。

出典:【インバウンド消費動向調査】2025年7-9月期の調査結果(1次速報)の概要|国土交通省観光庁 2ページ
この回復を牽引する消費構造において、「食」は極めて重要なポジションを占めています。費目別の構成比を見ると、宿泊費(36.6%)に次いで、飲食費は22.9%(約4,884億円)を占め、旅行全体の約4分の1近くが飲食に使われています*2。これは、前年同期比で飲食費の構成比が増加し、買物代が減少したことから、「モノ消費」から「コト消費」への移行が鮮明になったことを示しています。
しかし、市場の「質」には依然として課題が残されています。消費総額が伸びる一方で、訪日外国人(一般客)一人当たりの旅行支出は21万9,000円と、前年同期比でほぼ横ばい(0.2%減)に留まりました*3。これは、旅行者が既存の飲食やサービスに対して、現在の円安水準を上回る価格プレミアム(付加価値)を見出せていないことを示唆しており、飲食業界が高収益化を目指す上で、単なる客数依存型からの脱却が急務となっています。
*1~3 出典:2025年7-9月期の調査結果(1次速報)の概要|国土交通省観光庁
なぜ今、2025年の総括と2026年への備えが必要なのか
2025年は、インバウンド需要の爆発的な回復期が一段落し、いよいよ「選別」と「競争」のフェーズに入った年と言えます。単に「外国人観光客が来たから売上が伸びた」という時代は終わりを告げ、単価向上と持続可能性のための戦略的投資が求められているのです。
この背景には、以下の二つの要因があります。
- 「コト消費」から「体験型グルメ」への移行の加速
ただ食事をするだけでなく、「その土地の文化や背景」に触れるガストロノミーツーリズムの重要性が高まっています。観光庁もこの分野を重点的に推進しており、食が旅行体験の中核的な目的となっています*4。 - 競争激化と、単なる「多言語対応」だけでは通用しない時代の到来
多くの飲食店が多言語メニューや翻訳機を導入したことで、これらは最低限の必須要件となりました。2026年以降は、AI・ロボットを活用したデジタル化(DX)によるオペレーションの効率化と、高度な食の多様性(ヴィーガン、プラントベースなど)に対応する「高品質なホスピタリティ」こそが、高単価な欧米豪市場などの顧客を引きつけ、競争優位性を確立する鍵となります。
*4 出典:「観光振興事業費補助金(食の力を最大活用したガストロノミーツーリズム推進事業)」に係る計画の公募を開始します | 2025年 | 公募情報 | 観光庁
2025年インバウンド市場動向総括:主要顧客層の変化と消費傾向
2025年7月〜9月期のデータは、「量」の拡大と「単価」の停滞という構造的な課題を明確に示しました。
高単価層である欧米豪市場が市場の質を牽引。消費総額は中国が最大である一方、一人当たり支出額ではドイツをはじめとする欧米勢がアジアを大きく上回り、ターゲット戦略の再定義が求められています。
2025年7月〜9月期のデータは、インバウンド市場の消費構造の変化と、高単価層の明確な特定を可能にしました。消費総額では中国が引き続き最多(27.7%)を維持していますが、今後の収益性を考える上で、特に注目すべきは一人当たりの旅行支出の高さです*2。
データによると、一人当たり旅行支出(消費単価)のトップはドイツ(43万5,512円)で、英国(36万54円)、スペイン(35万4,793円)が続きました。このように、欧米豪市場がアジア市場を大きく上回る高単価を記録しています*5。
| 国籍・地域 | 一人当たり旅行支出 (7-9月期) | 戦略的示唆 |
| ドイツ | 43万5,512円 | 滞在日数が長く、質を重視する高単価層 |
| 英国 | 36万54円 | 高水準 |
| スペイン | 35万4,793円 | 高水準 |
| 中国 | 23万9,162円 | 消費総額は最大だが、単価は欧米豪に劣る |
| 韓国 | 10万3,249円 | 低水準(リピーターが多く、利便性重視) |
特に欧州市場は、滞在日数が長く、食に対する倫理観や品質要求が高いため、高付加価値化戦略の最も有望なターゲット層として再定義されています。飲食業界が「単価停滞」を打破し、持続的な高収益化を目指すには、この欧米豪の高支出層を意識した戦略的なメニュー・体験設計が不可欠です。
また、旅行者が大都市では得られない地域固有の高品質な食体験を求め、地方都市へと流れている分散傾向も顕著であり、地方での体験型グルメの提供が重要性を増しています。
*5 出典:2025年7-9月期の調査結果(1次速報)の概要|国土交通省観光庁
2026年インバウンド飲食トレンド展望:3つのキーワード
2026年のインバウンド集客は、「安さ」や「量」ではなく、「倫理観」「効率性」「体験価値」の3つが鍵を握ります。特に欧米豪の富裕層を意識した戦略的な高付加価値化が必須です。
【トレンド1】食の「サステナビリティ・ウェルネス」志向
2026年以降、特に欧米豪の高支出層は、「食の安全性」や「持続可能性」に対して、これまで以上に敏感になります。単なる「美味しい」では満足せず、「何を選び、何を排除するか」という食の倫理観が消費行動の決定要因となります。
- 多様性対応は必須コストへ
ヴィーガン(完全菜食)、ハラール(イスラム教)、グルテンフリーなどの食事制限への対応は、もはや「あれば親切」のレベルを超え、高単価顧客を呼び込むための最低限のインフラとなります。これらのオプションを提供することで、他店では対応できない層を一括で獲得し、客単価の高いコース利用に繋げることが可能になります。 - SDGsとローカル食材の融合
メニューの説明に「地産地消」「契約農家からの直接仕入れ」といった食材のストーリーを盛り込むことで、料理の価値が飛躍的に向上します。これはSDGs(持続可能な開発目標)への貢献として評価され、倫理的消費を重視する層のブランディングに深く刺さります。サステナブルな経営姿勢を示すことが、集客力と価格プレミアムを生み出す要因となります。
【トレンド2】「デジタル顧客体験」の深化と効率化
2025年に普及したモバイルオーダーや簡易翻訳機は、2026年にはさらなる進化を遂げ、スタッフの負担を減らしつつ、顧客体験(CX)を向上させる「攻めのDX」へと移行します。
- AIによる高度なコミュニケーションの実現
単なる文字の翻訳ではなく、AIを搭載したシステムが料理の背景、アレルゲン情報、調理法などを利用客の母国語で、かつ自然なトーンで説明できるようになります。これにより、従業員の語学力に依存することなく、高品質で標準化された接客を提供でき、外国人客の満足度が大幅に向上します。 - パーソナライゼーションによるリピート促進
予約時や過去の来店データ(アレルギー、苦手な食材、注文履歴など)をデジタルで一元管理し、再来店時に個々人に合わせたメニューやサービスを提案する「パーソナライズ接客」が加速します。これは、特にリピーターの多いアジア市場や、高いホスピタリティを求める富裕層に対して、「特別扱いされている」という強い印象を与え、ロイヤリティを向上させます。
【トレンド3】「地域密着・非日常体験」グルメの価値向上
モノ消費からコト消費へ移行した結果、旅行者は「単に美味しい」だけでなく、「そこでしか体験できない」価値に対して、高額な支出を惜しまなくなっています。これは、単価停滞を打破するための最も強力な戦略です。
- ガストロノミーツーリズムの拡大
「食材の生産者」との距離を縮めた体験(例:漁港直送の鮮魚を調理する、提携農園の野菜を収穫してから食べる)が人気を博します。料理を提供するだけでなく、食材が生まれるまでのストーリーを語ることで、食事の価値を体験レベルに昇華させます。 - 文化との融合による空間価値の最大化
食事を非日常的な空間で提供することが、価格プレミアムを正当化します。具体的には、古民家や寺社仏閣を改装した特別な個室、あるいは茶道や華道といった日本の文化と融合させた飲食空間の提供です。これにより、単なる「ディナー」が「一生の思い出」となり、高い満足度と強力な口コミに繋がります。
成功する飲食店とそうでない店の決定的な違い
2026年の競争に勝ち残る鍵は、単なる「多言語メニュー」の有無ではありません。真に成功する店は、予約インフラ、デジタル接客、そして口コミ評価のすべてを統合し、「手間をかけない高付加価値な体験」を提供しています。
成功する店と、そうでない店の違いは、もはや「料理の味」や「多言語メニューの有無」といった目に見える要素だけでは決まりません。2026年以降のインバウンド市場で勝ち残る飲食店は、「デジタルインフラの整備」と「シームレスな顧客体験の提供」を高度に統合しています。
1. 予約と決済インフラの「海外視点」への転換
- 失敗する店
国内の予約システムをそのまま使用しており、海外からのクレジットカード決済やデポジット(予約金)の設定ができない。結果、ノーショー(無断キャンセル)のリスクが高く、高単価の外国人客を取りこぼしている。 - 成功する店
海外の顧客が使い慣れた多言語対応の予約プラットフォームを導入し、予約時に海外クレジットカードによるデポジットや事前決済を必須化。これにより、ノーショー率を大幅に下げ、安定した収益基盤を確立しています。
2. 「デジタル接客」による品質の標準化と効率化
- 失敗する店
翻訳機や簡易な指差しメニューに頼り、従業員の多言語能力にサービス品質が依存してしまう。繁忙期にはコミュニケーションエラーが増え、顧客満足度とスタッフの疲弊に繋がる。 - 成功する店
AI搭載のモバイルオーダーや、QRコードを活用したセルフサービス型の多言語注文システムを導入。外国人客は自分のペースで注文でき、従業員は料理提供や配膳などのコア業務に集中できるため、人的コストを削減しつつ、安定した高品質なホスピタリティを提供できています。
3. 口コミ評価(CX)の戦略的な獲得
- 失敗する店
顧客体験(CX)のフィードバックを積極的に収集しておらず、Google Mapsやトリップアドバイザーの評価が低迷。集客を口コミに依存できないため、広告費が増大する。 - 成功する店
デジタル接客の最後に、多言語で書かれた口コミ投稿依頼の導線(QRコードなど)を提示し、高評価の習慣化を図る。高評価は次の集客に直結する最も強力な広告塔となり、持続的な成長サイクルを生み出します。
2026年インバウンド集客を成功させる具体的アクションプラン
2026年の競争をリードするため、飲食店は以下の3つの領域で戦略的なアクションを速やかに実行すべきです。
デジタルインフラの整備
インバウンド対応のボトルネックとなっている人手不足とコミュニケーション問題を解消し、機会損失を防ぐための基盤を整備しましょう。
- 多言語対応予約システムの導入(海外ユーザー向けUI/UXの改善)
海外からのアクセスに最適化され、英語、中国語、韓国語などの主要言語に対応し、特にノーショー対策としてデポジット(予約保証金)の設定が容易なシステムを優先的に導入します。 - 多様なキャッシュレス決済(特にUnionPay, AliPayなど)の完全対応
最大の消費規模を持つ中国市場からの消費を取りこぼさないために、QRコード決済(WeChat Pay, AliPay)やUnionPayなど、訪日客が母国で日常的に利用する決済手段を完全に網羅します。東京都の補助金*6 などの政策支援を積極的に活用し、導入コストを抑えることが重要です。 - GoogleビジネスプロフィールとSNS投稿の最適化(高画質なビジュアルの徹底)
訪日客の多くがGoogle Mapsで飲食店を探すため、営業時間や多言語メニューの情報を常に最新に保ちます。また、高画質で魅力的な料理写真を多用し、視覚的な訴求力を高めます。
従業員の「多文化ホスピタリティ」トレーニング
DXで補えない「心」の部分、すなわちホスピタリティの質を高めるための人的投資も欠かせません。
- 語学力よりも大切な「異文化理解」と「非言語コミュニケーション」の強化
従業員に対し、単なる外国語研修ではなく、欧米豪の高単価層が重視する食文化の背景(ヴィーガン倫理、ハラール対応など)についての理解を深める研修を実施します。言葉に頼らない、アイコンタクトやジェスチャーによる丁寧な接客スキルも重要です。 - 宗教的・文化的な食事制限への正しい知識と対応マニュアルの整備
アレルギー対応と同様に、宗教や信条に基づく食事制限に対して、誤解や対応のムラが生じないよう、チェックリストと対応手順を標準化します。この「安心感の提供」こそが、高評価に繋がります。
メニューと価格設定の戦略的見直し
単価停滞を打破し、高収益体質へと転換するためのメニュー設計も忘れずに行いましょう。
- 高付加価値メニューの創出による客単価向上(例:シェフお任せコースの充実)
欧米豪の高支出層をターゲットに、地域文化や伝統工芸品と融合させた「ストーリー性のある」高価格帯のコース(例:ガストロノミー・パッケージ)を設定し、付加価値に見合った価格プレミアムを設定します。 - 外国人向け「お試しセット」や「限定メニュー」による新規顧客獲得
アジア圏などのリピーターや利便性を重視する層向けには、日本の様々な食文化を効率的に体験できる「日本の味覚ミニセット」のようなメニューを用意し、手軽な入店を促します。
まとめ:2026年のインバウンド対策は「未来の競争優位性」の確保
2026年以降、インバウンド市場は本格的な競争フェーズに入ります。この単価競争時代を勝ち抜くためには、高付加価値な体験提供とDXによるオペレーション効率化が必須です。
インバウンド対策は、単なる客寄せではなく、人手不足を解消し、接客品質を標準化することで国内顧客満足度も高める「未来の競争優位性を築くための経営戦略」そのものです。
本記事で提示したアクションプランを速やかに実行し、持続的な高収益体質を実現しましょう。
